
俺達の合コンリーグは、連敗街道を突き進んでいた。前回の屈辱的な不戦敗から一週間。あの夜の記憶は今でも胸に重く刻まれている。空っぽの個室で味わった絶望感、店員の冷たい視線、そして何より自分たちの情けなさ。心に刻まれた敗北の痛みは癒えないが、次こそは、という思いを胸に前を向いて突き進む。
今日の対戦相手は、メイドカフェ店員チームだ。これまでとは明らかに格が違う。プロフェッショナルな接客スキルを持つ彼女達との戦いは、まさにアウェーでの国際試合のようなものだ。俺達のような素人集団が太刀打ちできる相手なのか、正直不安で仕方がない。

会場は前回と同じ居酒屋の個室。畳敷きの六畳間に足を踏み入れると、今度は相手チームが先に到着していた。フリフリのメイド服に身を包んだ四人の女性が、まるで異世界から現れた戦士のように整然と座っている。その統制の取れた佇まいだけで、俺達との格の違いを見せつけられた気分だった。
「初めましてー アタシ亜美♪」
ツインテールの髪を可愛らしく揺らしながら、太陽のような明るい笑顔で手を振る。その笑顔は計算されているのか天然なのか、判断がつかない。だが確実に言えるのは、俺達の心を一瞬で鷲掴みにする破壊力があるということだ。
「裕理ですぅ」
語尾を伸ばす話し方が特徴的な、おっとりとした雰囲気の女性。ふわふわとした印象だが、その瞳の奥に何か深いものを感じる。油断のならない相手だ。
「美紅っていうの」
クールな表情を崩さない、黒髪ロングの美女。その立ち振る舞いには品格があり、明らかにチームのキャプテン格だ。一言も余計なことを言わない。完璧なディフェンダーのオーラを纏っている。
「メイにゃ」
語尾に「にゃ」をつける、猫耳カチューシャをした小柄な女性。一見すると無邪気だが、その動きには機敏さが感じられる。きっと予想外のプレーで相手を翻弄するタイプだろう。

俺達四人は、まるで格上チームと対戦する地方クラブのように緊張していた。狩勉は眼鏡を拭く回数が普段の三倍に増え、レンズが曇るたびにハァハァと息を荒くしている。含小田兄雄は腕組みしたまま固まっており、その表情は石像のように硬い。俺・鈴木正一は手のひらが滝のような汗で濡れ、畳に手をつくのが恐ろしかった。空調の音だけが部屋に響く中、俺達の心臓の音が異様に大きく聞こえる。
そんな中、池村面成(通称イケメン)だけは違った。
「み、皆さん可愛いですね」
イケメンは、まずボールを奪いにいく。さすがはフォワードだ。最初にボールを取りにいく姿勢、本当にかっこいい。男の俺でさえ抱きしめられてもいい、と思ってしまう。彼の自然な笑顔と、計算されたような褒め言葉は、まさにプロの技だった。声のトーンも完璧で、緊張など微塵も感じさせない。
「てへっ、そんなことないよぉー」
亜美は頬を薔薇色に染めながら答える。その反応の良さに、俺達の間にも希望の光が差し込む。これは好感触だ。イケメンのパスが通った瞬間だった。俺達の戦術は間違っていなかったのかもしれない。
だが、メイが予想外の反応を見せる。
「生まれ変わったら雲になりたいにゃ」
雲って……。何の脈絡もなく出てきたその言葉に、場の空気が一瞬で凍りついた。まるで真冬の北風が部屋を吹き抜けたかのような寒気が走る。イケメンの完璧なパスワークが、一言で粉砕された瞬間だった。これは相手チームの高度な戦術なのか?それとも天然の破壊力なのか?

俺達四人は一瞬固まった。狩勉は眼鏡を外してレンズを拭き始め、その手が小刻みに震えている。池村面成は髪を触りながら困惑の表情を浮かべ、いつもの自信が揺らいでいるのがわかる。俺は手のひらの汗が止まらず、畳の上に汗の染みができそうになっている。
すると含小田兄雄が、その重い沈黙を破るように口を開く。
「ニュータイプっぽいよね」
含小田よ……それはお前しか分からない例えじゃないのか!?メイの突拍子もない発言をガンダム用語で解釈するなんて、もはや職業病レベルだ。俺の心の中で警報ベルが鳴り響く。お前のそういうところは愛おしいが、今は空気を読んでくれ。
「はい? ニュータイプ?」
裕理は小首を傾げ、大きな瞳をぱちくりとさせながら困惑の表情を見せる。その仕草は確かに可愛らしく、俺の心を鷲掴みにするが、明らかにロボットアニメの専門用語が通じていない。亜美も美紅も同じような顔をしており、含小田兄雄の孤軍奮闘ぶりが際立っている。
「ニュータイプってのは人の核心が見える能力で……」
含小田兄雄が突然熱く語り始める。彼の目は急に輝き、まるで大学の講義でもするかのように身を乗り出した。だが、メイド軍団の表情はますます困惑を深めていく。裕理の「はぁ……」が連発され、その度に含小田兄雄の熱弁は空回りしていく。
一人でニュータイプについて熱弁を振るう含小田兄雄をよそに、他のメンバーの会話は続く。まるで彼だけが別次元にいるかのようだった。
「あー、あたしこれ飲みたーい♪」
亜美がメニューを指差しながら弾んだ声で言う。その屈託のない笑顔に、俺達の緊張も少しほぐれる。彼女の明るさが、重くなった空気を軽やかに変えてくれる。
「じゃあ注文しちゃいましょうか」
美紅がクールに微笑みながら答える。彼女のリーダーシップが自然と場を仕切っている様子に、プロの接客業の底力を感じた。さすがはキャプテン格、場をコントロールする能力に長けている。
「その服装よく似合ってますよね」
池村面成が持ち直して、再び攻勢に転じる。彼の笑顔に自信が戻ってきた。さっきまでの動揺を微塵も感じさせない切り替えの早さは、さすがイケメンだ。
「えーほんと?! うれしい!」
亜美は頬を赤らめながら手をひらひらと振る。その反応の良さに、俺達の間にも希望の光が再び差し込む。まだ勝機はある。この雰囲気なら連絡先を交換できるかもしれない。俺の心臓は期待で高鳴っていた。
言っていいのか……言ってはダメなのか……迷っても仕方ない……俺は意を決して言った。
「あの、もし良かったら文通しませんか?」
一瞬で場が凍り付く。
時が止まったかのような静寂が流れた。亜美の笑顔が石膏のように固まり、美紅は眉をひそめて困惑の表情を浮かべる。裕理は笑顔のまま固まった状態で声も出せずにその口元は1mmも動いていない、メイに至っては猫耳がピクリとも動かない。まるで魔法で時を止められたかのような光景だった。
何がいけなったのだろうか……。
LINEは母と妹しか登録されておらずほとんど使わない、携帯電話の番号を聞いてもかける勇気がない。消去法で残った連絡の手段を選択したハズだったのだが、これは痛恨の選択ミスなのか?!
2025年に文通を提案するなんて、間違っていたのか?! この場の空気の重さに押し潰されそうになった。メイド軍団の視線が痛い。彼女達の困惑の表情が、俺達の敗北を物語っている。
含小田兄雄はまだ一人でニュータイプについて語っている。
「お互いが理解しあえないから戦争になって、でも本当はみんな分かり合えるはずなんだ……」
彼だけが別次元で熱弁を振るっている様子は、まるでパラレルワールドの住人のようだった。誰も聞いていないのに、彼の情熱だけは本物だ。

すると絶妙なタイミングで襖が開き、料理が運ばれてきた。まるで神様が俺達を救ってくれたかのようだった。店員さん、ありがとう。本当にありがとう。あなたは俺達の救世主だ。
「ごっはんーごっはんー」
メイはフォークとナイフを取り出し、まるで子供のような喜色満面の笑顔で言う。その純真無垢な表情と、さっきまでの重い空気とのギャップに、俺達の心は複雑に揺れ動いた。彼女の無邪気さに、少しだけ心が癒される。
と同時に狩勉が突然叫ぶ。
「出たぁぁぁああああ! これぞまさしくオランダ、空飛ぶ不思議ちゃんの楽しすぎるボールさばき!」
お前も何を言っている。そしてそれはどこに向かって言っている。彼の眼鏡の奥で瞳が泳いでおり、完全にパニック状態だ。
そして含小田兄雄は、まだ一人で熱く語り続けている。
「つまり、直観力と洞察力によって相手の心を読み取る能力で、アムロやカミーユも……」
もう誰も聞いていないのに、彼の熱弁は止まらない。その一途さが愛おしくもあり、空しくもある。小学校時代から変わらない、彼の純粋なアニメ愛がここに極まっている。
料理を食べ終わると、女子達はお互いを見合い、何やらアイコンタクトでサインを送っている。
何か仕掛けてくるハズだ。
彼女達の瞳が一瞬光ったような気がする。プロの接客業として培ったチームワークが、今まさに発動されようとしている。今の所ディフェンダーと思われる美紅がオーバーラップを仕掛けてくるつもりなのか、それとも、全員でボールを奪いに来るのか。俺の心臓は緊張で高鳴り、鼓動が耳の奥で響いている。
意を決したように裕理が口を開く。
来る!!

「裕理達はぁ、シンデレラなのでぇ……もう帰らなくちゃですぅ」
時計を見ると10時5分だった。
シンデレラって12時じゃないのか……という疑問が頭をよぎる。だが、誰もその事に触れなかった。そのボールに触れてしまったら、俺たちのハートは元に戻らない気がしたからだ。真実を突きつけられるのが怖かった。
「そうですにゃー、お仕事もあるしにゃー」
メイも立ち上がる。その動きには迷いがなく、まるで最初から決まっていたかのようだった。
「また機会があったら……遊んでくださいね」
美紅はクールに微笑みながら言う。少し間があった時に「次はないけど……」と小声で言った気がするが気のせいだったのか……。
その笑顔は営業スマイルなのか、それとも……。どちらにしても、俺達には手の届かない高嶺の花だということを痛感させられる。
「ばいばーい♪」
亜美が手を振りながら、四人は部屋を出て行く。その後ろ姿は、まるで任務を完遂した特殊部隊のように統制が取れていた。
————試合終了————!
女性陣はルンルンと帰っていった……。まるでお客様にサービスを提供し終えた、プロの接客業のように。俺達は完全に「お客様」扱いされていたのだ。
残された4人の空気は鉛のように重たい。前回に引き続き今回も負けたからだ……。クッ……このままじゃ……。敗北の味が口の中に苦く広がっている。
狩勉は眼鏡を外して額を押さえ、その肩は小刻みに震えている。池村面成は髪をくしゃくしゃにして天を仰ぎ、いつものイケメンオーラが完全に消失している。含小田兄雄は握りしめた拳を震わせながらうつむき、ニュータイプ論の空回りが彼なりのプライドを傷つけたのだろう。そして俺は、この現実を受け入れることができずにいた。

ふと日本サッカー界の芸術家、小野伸二選手の名言が頭をよぎる。
『何を目指すかという思いを、自分の中ではっきり持っているか』
俺は……俺達は……負けたんだ。
自分の不甲斐なさに苛立ちを覚え、畳を拳で力任せに殴りつける。ドンッという鈍い音と共に、虚しさと悔しさがこみ上げてきた。拳に痛みが走るが、心の痛みの方がはるかに大きい。畳の井草の匂いが鼻を刺激し、この情けない状況をより鮮明に感じさせる。
隣にいた含小田兄雄は、右手の拳を握りしめたまま、全身を震わせていた。小学校時代から知っている彼の、こんなに悔しがる姿を見るのは初めてだった。いつもアニメの話で盛り上がっていた彼が、こんなに人間らしい感情を露わにしている。
小野伸二は『何を目指すかという思いを、自分の中ではっきり持っているか』と言っていた。そうだ……俺達は……何を目標に戦っていたんだ……。
ただ闇雲に彼女が欲しい、それだけのふんわりとした幻想を追いかけていたんだ。明確なビジョンも戦略もなく、ただがむしゃらに突っ込んでいるだけ。これでは勝てるはずがない。相手はプロフェッショナルなのに、俺達はただの素人集団でしかなかった。
こんなんじゃダメだ……もっと明確に目標を持たなければならない。だが……まだ答えは見つからないままだ……。敗北の痛みの中で、もがき続けるしかない。
しかし、今は皆を元気づけなければ……。チームの士気を保つのも、キャプテンの役目だ。たとえ”文通発言”で自分が一番落ち込んでいても、仲間のために立ち上がらなければならない。
「俺達は頑張ったんだ……皆誇っていい!」
俺の声が、静寂に包まれた部屋に響く。その声は震えていたが、確かに仲間に届いた。
「正一……お前ってやつは……」
そう言った含小田兄雄の目頭は潤んでいた。小学校からの友情が、こんな時にこそ力を発揮する。長年の付き合いだからこそ、言葉にしなくても伝わるものがある。
狩勉も顔を上げ、その瞳に再び光が宿る。池村面成も振り返り、いつもの自信に満ちた表情を少しだけ取り戻している。
そして、俺達は再び畳の上で円陣を組んだ。四人の手が重なり合う。その温もりが、敗北の痛みを少しだけ和らげてくれる。汗と涙で湿った手のひらが、確かな絆を感じさせてくれる。
俺達の戦いはこれからだ。
次こそは必ず、必ず勝利を掴んでみせる。今日学んだ教訓を胸に、もっと強くなってみせる。
窓の外では、夜の街がいつものように輝いている。ネオンの光が俺達の涙を照らし出す。だが俺達の心に宿る炎は、まだ消えてはいなかった。むしろ、敗北を重ねるごとに、その炎は強くなっているような気さえした。今はまだ小さな火種かもしれないが、いつかきっと大きな炎になってくれるはずだ。
俺達の青春は、まだ始まったばかりなのだから。
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